補助人工心臓体験記

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三流VAD患者が一流VAD患者になるための最短ルートとは?

三流VAD患者が一流VAD患者になるための最短ルートとは?

この記事は2018年9月18日(VAD装着1,314日目)のリライト記事です

日に照らされたVADコントローラー

最近は8時頃に起床して9時から仕事をしています。しかし、毎日仕事が出来ているわけではなく、目が覚めた後に異常なほどの怠さでベッドから動けない時があります。疲れているとか苦しいという自覚はないのですが、ベッドから動けないんですよ。

私自身も「何で動けないのだろうか?」と思っています。

アラームを全無視するほど怠い

この画面は私が在宅勤務時にセットしているアラームです。

想定としては

  • 7:40
    起床時間
  • 8:00
    起床時間の予備
  • 8:15
    食事終了の目安
  • 8:30
    仕事環境の準備開始、服薬
  • 8:50
    PCをVPN接続、打刻
  • 9:00
    始業

今日はこのアラームを全て無視してしまうほどに身体が言うことを聞かず、ベッドに横になっていました。
とりあえず薬だけ飲んでまたベッドへ横になる。お昼になっても状況は変わらず、昼食を胃に流し込むように食べた。ただただ横になりたい。

15時過ぎに身体が動けるようになってきたので、仕事の電話やメールを処理した。

何が原因なのかはサッパリ分からない

拡張型心筋症を患い、どうしようもなくなって補助人工心臓を装着している。毎日沢山の薬も飲んでいるし、処置も必要だ。

VADを装着して持続的に仕事ができる状態のほうがレアなケースなのかも知れない。今となっては調子が悪い日は「仕方がない」と諦めように努力しています。本当に仕方ないことだから…

しかし、「仕方がない」から「仕事を休む」だけであって、「仕事に諦めがついた」という訳ではありません。やっぱり仕事をしたいのです、働かなければ所得税も支払えません。

何故、VAD装着を決断したのか?

そのままでは生きられない

と言わた

私はとにかく

この苦しみから解放されたい

と思っていた

私が選択したコトは消極的選択であったと断言できる。弟のことで「補助人工心臓」を毛嫌いしていたこともあるが、VADを植え込むのは「死んでも嫌」だと思っていた。

しかし、「死んでも嫌」という変な言葉さえどうでもよくなるくらい苦しかった。「この苦しみから解放されい」という当時の状況がVADを選択させた一因なのかもしれない。

本当なら「子どものために」とか「残される家族のために」などのカッコいい言葉を言えれたらいいのだが、そんなことを言える余裕はミジンコほどにもなかった。また、「生きる意味」や「価値」、そんなことを考える余地なんて全くなかった。私のVAD装着前はそういう状態にありました。

退院前夜のリアルな気持ち

これは補助人工心臓を装着して退院する前夜、頭床台のテーブルで綴った日記の内容です。補助人工心臓エバハートを製造・開発しているサンメディカル技術研究所にお伺いした際に、その日記を読み上げました。

2015年6月16日(火)晴れ 23:40

明日は退院だけどイマイチ素直に喜べない。
しばらくはストレスとの戦いになりそうだ。

長かった
辛かった
彷徨った
沢山のことを考えさせられた

 子供のこと
 〇〇〇のこと
 親のこと

弟に続いて二人目を味あわせてしまい申し訳ない
家に帰りたい。
夢は少し欠けてしまったけど、自分なりの幸せを掴むことは忘れずに生きていこう。

今夜は涙が止まらない。
そんな夜もある。
これからも。
これからが本当のスタートだ。

退院から半年間の気持ち

この日記から半年間は楽しく喜びを感じる日、地獄へ突き落されたような気持ちになる日が何度も交差しました。
遅々として進まない復職の話、介助者との生活、自由な行動ができない歯がゆさ。時に大きく波を打つ体調とアラームがなる機会。周囲に対して負担をかけまいとする気持ちとは裏腹な行動が出てしまう苦悩。

VADを着けたら必ずしもハッピーであるとは限らない。
私はそんなことを感じました。

誰よりも「今」を楽しむ努力は惜しまない

VAD装着後は楽しむモノやコトが限られる、そして楽しむ機会も限られる。
だからこそ調子のよい日は誰よりも一生懸命に楽しむことにしている。それは趣味の写真撮影であったり、ゲームだったりする。インターネットを介したブログ執筆や動画配信かもしれない。移植普及啓発について考えを巡らすことかもしれない。

例えば「食」も楽しみの一つです。
VAD装着者であっても飲食さえままならない方もいるかも知れない。

しかし、ドライな言い方をすれば人は人、自分は自分だ。私が「食」を我慢したところでその方の状況が良くなるわけではないのだから。私が飲食ままならない立場になったならば、皆は私を気にせず思う存分「食」を楽しんで欲しいとも思う。

努力は結果を裏切らないが、努力は必要

努力が結果を裏切らないのであれば、VAD患者の誰しもが感染症などに罹ったりしないだろう。

それだけ医師、患者、支える家族の誰しもが努力をしている。

思うような結果が出ないこともあるでしょう、「運」もあるでしょう。
しかし、仮に「運」によって恵まれない結果に至っても、今やっている身の回りの事を疎かにしてはならない。

確実に消毒処置をすること、衛生面に気を付けること、それはVAD患者が次のステージへ進むために必要な最低限の努力である。ただし、それらを「努力」と捉えている間はまだ三流VAD患者であることを自覚したい。
例えばダイエットのために「今日も歩くぞ!」と自分を奮い立たせてる間も三流です。

三流VAD患者と一流VAD患者の違い

一流VAD患者は自己消毒を努力としては捉えてはいない。
トイレから出た後に手を洗うくらい「当たり前」な行動になっているからだ。

安心してください

三流VAD患者から一流VAD患者になることは難しいことではありません

「数をこなす」それが一流VAD患者になるための最短ルートです。
例えば幼い頃、一人で手洗いをできましたか?自分で歯を磨けましたか?イヤイヤ言いませんでしたか?はじめは親に言われないと出来ないものです。それでも、数をこなすことで「当たり前」になりましたよね?

この「当たり前」という「習慣化」こそが一流VAD患者への最短ルートなんです。つまり、VAD生活も努力を積み重ねて「当たり前」にすることが重要です。

小さな子が歯磨きをするようにはじめは大変と感じるかもしれません。
時には自分を奮い立たせないとできない状況があるかもしれません。

しかし、数をこなせば必ず「習慣化」できます。
その時は貴方も一流VAD患者になっていますよ、この不出来な私がそれを保障します。

VAD生活の習慣化が進めば日々の生活にも少しの余裕が生まれます。その余裕を使って新しいことにチャレンジする気力が湧いてくることもあるでしょう。
私はそんな人たちを沢山見てきました。
不可能ではありません、可能です。

メッセージ「VADを植え込んだばかりの貴方へ」

今は大変と感じているかも知れませんが、いずれ慣れます
今感じているその大変さはいずれ薄れます

1年後を楽に過ごすために「今を頑張って」

唯一自慢できること

ドライブライン貫通部に異常がない点が唯一自慢できる点だが、これも油断したり運によってはいつ崩れてもおかしくはない。
写真は消毒前の状態です。

とりあえずこの状態をあと1年はキープしたいところです。
この状態をキープするための消毒準備と処置は時間がかかります。しかし、その「作業」を大変とは感じていません。歯磨きと同じように「当たり前」なのです。

これからも多くのことが「当たり前」になるように今は数をこなすことを重視しています。

この記事の著者

Satoru Ishii
この補助人工心臓体験記の運営者です。

僕は拡張型心筋症で2015年2月にエバハートを埋め込み、心臓移植待機者になりました。
僕もいつかはVADを卒業する日が訪れます。
僕が成し遂げたいことは後継者を作ることではなく「当事者が声を上げていいんだよ」という雰囲気作りです。
これから先も地道に発信していきます。

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