補助人工心臓体験記

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サヨナラするのはつらいけど

サヨナラするのはつらいけど

私の家から徒歩5分の距離にあったこのお店。創業の歴史は90年近くありました。しかし、この度惜しまれながら閉店してしまいました。

根本商店というお店

このお店、日が昇るとぼちぼちシャッターを開け開店し、日が落ちて暗くなるとシャッターを降ろしてお店を閉めるという、日の出から日没までといういう営業時間で地域の人には「やなぎもと」と呼ばれとても愛されていました。
77歳というお店のご主人に伺うと、創業何年かは分からないとのことですが、お母様の代では今の形になっていたということなので90年以上の歴史はありそうです。本当にアットホームで居心地の良いお店でした。

あの日あの時

働いていた頃の私は営業時間と合わず、なかなか利用する機会がありませんでした。ところが、それが一変する出来事がありました。

それは東日本大震災です。


何もかもなく、自分たちがどのような状況に置かれているかさえ全く分かりませんでした。これからの暮らしぶりを考えると、何かしなくてはと考えるのですが、家の中の有り様を見て力が抜けていくばかりでした。翌日以降も余震は続き不安が大きくなる中、家内と父母がなんとか食料品と最低限の必需品を手に入れてきました。どこも行列だらけでクタクタになりながらでした。(なぜお前じゃ無いのか・・という疑問には機会があれば後ほどお話しいたいと思います。)そんな状態が続く日、ダメ元で根本商店に向かいました。シャッターが半分ほど開いていてお店の中のひどい状態が見えました。ここもまず無理だと思っていたら、「ガチャン」と何かが割れる音がします。人がいるのでは?と思い、思い切って声をかけてみました。「食べ物を売っていただけないでしょうか?」と。暗いお店の中から疲れ切った顔のご主人が現れ、答えました。「あんたたち何が必要なの?」と。
結果的に私たちはいくつかの食品を分けていただくことができました。現金なやつだと思われるでしょうが、このときほど地域のお店が大切なんだと実感したことはありませんでした。そして私はそれ以後、遠出をするときは必ずご主人方にお土産を買って帰るようになりました。

取り扱うのは「愛」です

それ以外にたくさんお世話になっていました。VADを付けた私が、リハビリがてらに歩いてお店に行くことは密かな楽しみでした。私よりずっと年上の方々ですが、いつも優しく声をかけてくださいました。家族以外と普通に話ができるのは、お店のご夫婦の人柄のおかげに違いないと思います。
特にこのコロナの騒ぎの時にそのお人柄に本当に救われたことがありました。それは、あのマスク不足騒ぎの時です。私の状態を理解してくださっていたので、マスクが必要であるということを覚えてくださっていたのです。もうマスクが底をつきそうになり、どうしようと心配でたまらなかった時になんと、お店に一つだけあったマスクを我が家にまで持ってきてくださったのです。あのときほど涙が出るほどうれしく人の愛を実感できたことはありませんでした。そして、その時ほど人間とは違う何か特別な力の働きを実感できたときはありませんでした。

最後の日

1月31日とうとうその日がやってきました。どこにでもあるもの、あって当たり前のものと思っていたものが失くなってしまう日です。閉店の話を伺ってから、寂しく残念な気持ちは日毎に強くなっていました。最後の日には妻とともに花束を持ってご挨拶に行こうと約束していました。当日、お店の前に立ち閉店のお知らせを見た時は、この紙を剥がせば明日もお店をやっていてくれるかな?などと考えていました。何回も助けていただいた事にお礼を述べ、花束を渡してお別れのご挨拶をしました。とても喜んでくださり、閉店だからと言って逆にたくさんのお土産をいただいてしまいました。

大切なもの

こうしてまた一つ地域のお店が失くなってしまいました。今まではあまりピンときていませんでしたが、実は地域のコミュニティーの存続に大切なことであることに遅まきながら気がつきました。このような光景はもしかしたら、日本中至るところであるのかもしれません。
その陰で私たちはとてつもなく大切なものを失くしているのではないか、という危惧が残りました。本当に大切なものは目に見えない(見てない)のですね。

COMMENTS & TRACKBAKS

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  1. これも一つの時代の流れなのかも知れませんが、お世話になった商店が無くなるのは寂しいものですね。
    また、そのお店が取り扱っていた「愛」は利用した人々の心に引き継がれているのではないでしょうか?

    Bu-noさんもその「愛」を引き継いだ一人で、この記事もその「愛」の一つのカタチのような気がしますし、そうであってほしいと感じました。
    このサイトからも「愛」が届けられるよう、私も頑張りたいと思います。

  2. 実は『愛』と書くか「愛情」と書くか、どちらにするか最後まで悩みまあした、「愛」と書くのは気恥ずかしく軽く聞こえてしまうと嫌だなと考えていました。しかし、私が受けたご恩はやはり「愛」としか表現できないものでした。この記事を書いている頃タイミング良く?大きな地震があり、その時の様子を思い出すことになりました。私の受けた「愛」をできるだけいろんな人に知っていただき、このような素晴らしいかたがいらっしゃったということを伝えたいという気持ちがとても強くなり、長すぎる文だなと思いながら書きました。そんなお店があったということを知っていただければ嬉しいです。

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