補助人工心臓体験記

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ナゼそうなった?厳しすぎる補助人工心臓体験記

ナゼそうなった?厳しすぎる補助人工心臓体験記

補助人工心臓体験記の著者には厳しいとも思えるルールを課しています。時に私自身もそのルールによってブログ記事を書けなくなったり、書いた記事をボツにすることがあります。では、なぜ補助人工心臓体験記では厳しいルールを設けたのだろうか?
補助人工心臓体験記を立ち上げた時代背景と今後の補助人工心臓体験記のスタンスについて語ってみたい。

ブログなんか書かなければよかった…

これは私がはじめて語る内容であり、ブログ著者内でも私のこの気持ちは知らないと思います。

VAD装着から2206日目

なぜ厳しいルールを課すのか?

私がウェブサイト補助人工心臓体験記を立ち上げたのは2015年のことです。当時、VADブログを書くことに対しての周囲からの風当りは今よりももっと強かったです。ブログをはじめるにあたり色々な方に意見をいただきました。例えば「なぜブログを書くのか?貴方じゃなきゃダメなのか?」「誰かを命を奪う結果になっても責任をとれるのか?」など、ネガティブな意見も多く含まれていました。

私は自分自身にある程度のルールを設けてブログを書きはじめたわけです。はじめから今のような厳しいルールを課していた訳ではありませんが、サイト開設から1年後には今とさほど変わらないほどのルールが出来上がっていました。

厳しいルールが必要だった時代背景

なぜそのような厳しいルールが出来上がったのかというと、当時は良くも悪くも他のVAD患者への影響と反応が大きかったからです。「よくぞ書いてくれた!」「そうそう!」というポジティブな反応だけではなく、「こんな状況ですが、どうすればいいのでしょうか?」という藁にもすがる思いのメッセージ、「何様のつもりだ!」「訴えてやる!」というような強めのメッセージも沢山いただきました。

私はVAD装着から1年を経過するまでにそのような経験を積んで、当時のVAD患者の置かれている状況を把握していきました。私を含めたVAD患者の大半は常に情報に飢えており、VAD植込みを検討しているご家族にとっては私達以上に情報を欲していました。そこには「VAD」というキーワードで手当たり次第繋がりを求める状況がありました。

鎖国が解かれたVAD患者のリテラシーは?

ある時期からSNSやブログにおいてVAD患者の情報発信が爆発的に増えてきました、何がきっかけだったんですかね?きっと「他のVAD患者の役に立ちたい」という気持ちの方も多かったのでしょう、しかし、必ずしも情報リテラシーが伴っているわけでもありませんでした。もちろん、私自身も情報リテラシーが高かったわけでもなく、それを認めて日々実践しながら今もアップデートを続けているわけです。

詳細は書きませんが「この状況は危険だな」と感じるシーンを目の当たりにしてきました。それは主にVAD当事者の情報リテラシーやコンプライアンスの未熟さから発生している問題でした。

VAD当事者はいずれ心臓移植を受けて、「心臓移植待機者」から「心臓移植者」へと立場が変わります。VAD当事者は心臓移植というイベントをもって世間からの評価が下ると思っていますし、私はそれを良しと考えています。
そのVAD当事者が歩んできた道が評価される、それが今の心臓移植を取り巻く現状だと思っています。それは日本国内においてVADと心臓移植そのものがまだまだ珍しいという状況の証でもあります。

後悔してほしくないから妥協しないだけ

補助人工心臓体験記の著者に対して厳しいルールを課すのは、私が優秀な人を選別しているからではありません。ただ、補助人工心臓体験記の著者およびそのご家族が心臓移植を受けた後に「ブログなんか書かなければよかった…」と嘆いて欲しくないからです。

僕がVAD生活でやり残したこと

そんな僕が続てけきたことの一つに「次世代の育成」があります。しかし、なかなか思うように目標を達成することが出来ていません、何しろVAD生活は自分自身のことで手一杯、お互いに大した余裕はないわけですから当然といえば当然な結果なのかも知れません。

しかし、これは一人育成できれば終わりという話ではありません。育成した人も数年後にはVADを卒業する日が訪れます。だからこそ持続可能な育成の枠組みを作る必要があるのです。

私は補助人工心臓体験記というブログプラットフォームを準備したに過ぎず、持続可能な育成には程遠い状況であります。しかし、そんな中でもいくつかの芽が出てきています。今は、その大切な芽をグングンと伸ばせるように私は見えないところで頑張っています。

私が同じことを何度も尋ねる理由

私はVAD当事者に対して、何度も闘病生活を聞くようにしています。それはVAD交流会や井戸バド会議でも実施していることです。しつこく自己紹介を要求するのは、井戸バド会議の常連であればご存じの通りかと思います。

私がなぜ何度も闘病生活を聞くのかというと、繰り返し自身の体験談を話すことで頭の中が整理されると感じているからです。人の脳は不思議なもので、頭の中が整理されると小さなスペースが生まれるんですよね。つまりその人の「心の余裕」のようなものです。

人は「心の余裕」ができれば楽しいと思えることをし始めるんです。VAD患者にとって「心の余裕」の大切さは身をもって体験しています。だから私は貴方に何度でも闘病生活を尋ねるのです。

ブログ投稿 使い方大全集

補助人工心臓体験記ではこれまで使っていた著者ガイドブックを基にして、ブログ投稿 使い方大全集を作成しました。これにより、著者の執筆活動へ貢献できたらと思います。
使い方大全集は一部を除き、誰でも閲覧可能な状態にしてあります。

著者募集中

繰り返しになりますが、補助人工心臓体験記が著者に求めるルールには厳しいものも含まれています。しかし、何のルールもない世界は果たして健全なのでしょうか?その世界で創意工夫は生まれるのでしょうか?「次世代の育成」は持続可能でしょうか?
ルールはあくまでもルールです、社会事情に合わせて変化していく必要があります。補助人工心臓体験記ではこれからも柔軟にルール変更に対応していきます。

そんな補助人工心臓体験記でブログを書いてみたいという方がいれば私達は積極的に支援します。玄人よりも素人な貴方を歓迎します、貴方の話こそ今のVAD界にとって最も必要とされている人です。

実際のところは著者の方達はルールが厳しいと感じているんですかね?今夜の井戸バド会議@覗き部屋でそのあたりを聞いてみようかな。

マイノリティ
極めてみない?

この記事の著者

Satoru Ishii
この補助人工心臓体験記の運営者です。
僕は拡張型心筋症で2015年2月にエバハートを埋め込み、心臓移植待機者になりました。
僕もいつかはVADを卒業する日が訪れます。(訪れました)
僕が成し遂げたいことは後継者を作ることではなく「当事者が声を上げていいんだよ」という雰囲気作りです。
これから先も地道に発信していきます。

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