補助人工心臓体験記

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『僕の出した答え』補助人工心臓のポンプ停止不具合による自主回収

『僕の出した答え』補助人工心臓のポンプ停止不具合による自主回収

久しぶりにブログ更新を更新しました、私はまだ生きていますのでその点はご安心下さい。

当ブログを閲覧されている方の中にもあの件についての私の発言を期待されている方もいらっしゃることかと思います。

私があの件に触れないのはあまりにも不自然ですが、私は自身の状況をありのまま曝け出すほどお人好しでもありません。ついては現在公開可能な範囲でブログ記事を書いてみます。

この記事は2019年10月9日(VAD装着1,700日目)のリライト記事です

補助人工心臓エバハート 製品の自主回収

先月末、厚労省およびサンメディカル技術研究所より植込み型補助人工心臓エバハート(EVAHEART)の一部自主回収が公表されました。

私は自主回収についてはプレスリリース前に病院から不具合の告知がされ、何度も今後の対応を話し合いました。本件に関しては発言に慎重を期すべき内容と判断し、ブログにおいても直接的な発言を避けてきました。その理由は後述します。

私のVADは自主回収の対象となったのか?

私に植え込まれている補助人工心臓はこれまでに再起動などの小さなトラブルはあったものの機械的には概ね順調であります。

今回、私に埋め込まれているエバハートの血液ポンプは自主回収の対象ロットであることが分かりました。
その不具合により発生するリスクや今後の方針などを告げられました。
その上で私の意思を確認されました。

ポンプの自主回収は何をするの?

ポンプの自主回収とは手術でポンプを取り替えることです。
もし私がポンプ交換を受けるとなった場合は心臓へと繋がるグラフトやカニューレはそのままにして、不具合のあるポンプだけを交換するようです。
なお、ポンプと一体構造であるドライブラインは一緒に交換となるそうです。

私はポンプ交換の手術を受けるのか?

私だって皆さんと同じだよ
手術は嫌だよ

VADのポンプ交換は車のエンジン交換と似ているかも知れない。
ボンネット(皮膚)を開いて、エンジン脱着の障害となる部品(組織)を外し、ようやくエンジン(血液ポンプ)に手が届く。
エンジンの交換が終わったら逆手順で戻る。

しかし、これらは人間の身体で行われます。
2016年4月に補助人工心臓エバハートを開発・製造しているサンメディカル研究所(長野県)に訪問したことがあります。私はその際に山崎社長よりお話いただいた内容を思い出した。

一度放つと手が出せない

私には手術を乗り越えられる体力があるでしょう。しかし、手術には様々なリスクがつきまとうものです。

例えば術後感染症もその一つです。
私の全身状態が悪くなるかもしれない、そうしたら一時的あるいは恒久的に移植待機リストから外されてしまう可能性も考えられなくはありません。
VAD生活は5年目、日本臓器移植ネットワークが言っている平均移植待機日数が本当ならば私の心臓移植の機会はそう遠くないのかも知れない。

私は今置かれている状況からポンプ交換によるリスクとリターンを天秤にかけ、ポンプ交換をしないという意思を示しました。
この判断はこの先の状況によっては変わることもあるでしょうが、このブログ記事掲載時点ではポンプ交換の予定はありません。

VADと移植待期期間の長さ

エバハートの外部モニター

外部モニターに表示された
POD:1700

10月9日、補助人工心臓エバハートを植え込んでから1700日、時間にして40,800時間が経過しました。1700日(40,800時間)とはどれくらいの長さなのか?

  • 小学生が入学から卒業までの6年間
    • おおよその登校日数1200日、授業6000時間
  • 時給1000円でアルバイト
    • 一日7.5時間、一年365日休まず働いて約41,000時間、報酬は4,100万円
  • 美味しい鰻重を作りたい
    • 串打ち3年、裂き8年、焼き一生
  • 1700日前に放送されていたNHK連続テレビ小説
    • マッサン

私とまったく同じ人間は存在しません。
時間の価値観は人それぞれであり、変動的もあります。
私の1700日という時間の価値観は私にしかわからない。
貴方の尺度で私の1700日という時間の価値観を決めつけないでほしい。
※特定の誰かを指しているわけではありません

完璧な補助人工心臓とうは

※以下はあくまで個人的な見解であり、そのような事実が確認されている訳ではありません。

この不具合(ポンプ停止)が病院から離れた自宅で発生した場合、私に残存する心機能では救命不可能だと思っています。

ポンプ交換を受けないという意思表示した私は心臓移植を受けるまで過ごす場所も重要となります、これは私自身でも完全には結論が出ていません。

これまで沢山のリスクを承知の上で過ごしてきました。
VADの有用性を改めて言う必要はありませんが、世の中に「完璧な機械」が存在しないように「完璧なVAD」も存在しません。「完璧な機械」への追求は完璧とのギャップをいかに許容させるかの作業だと思います。

しかし、そのギャップで一人の方が亡くなっても構わないというわけではないんです。今回の不具合については現行ポンプでは起こり得ないといわれていますが、エバハートに限らず全てのVADにおいて更なる許容を追い求め続けて欲しい。

今のところ確実な再現性が確認されていない不具合に対して私は必要以上の不安を感じていません。
何故なら、VADを植え込んでから沢山の覚悟をして過ごしてきたからです。
のほほんと1700日過ごしてきたわけではありません。
誰にも理解できない気持ちで1700日を過ごしてきました。
それは自分自身でも言葉で表せないほどです。

残念ながら日本においては心臓移植が普及したとは言い難い状況であり、国内臓器移植の普及はもちろんのことiPS細胞などによる新しい治療法の確立にも期待している。
しかし、それらが実現したとしてVADを必要とする人はいなくはならないだろうし、VADでなければ救えない人もいるだろう。

選択肢は多いほうがよい。
だからこそエバハートには踏ん張って欲しい。

変わることのない事実

2015年2月13日、私が補助人工心臓エバハートによって命が繋がれた事実はこれからも変わることはありません。エバハートがあることで今も私は生きている、それも変わることのない事実です。

VADを植え込んでから喜怒哀楽の振り幅が広がりました。
それが幸せか不幸せかどうかは私にしか分かりませんが、当時2歳と4歳の我が子はいつの間にか小学生になりました。

5年前に今回の不具合が予知できたとしても、私は補助人工心臓エバハートの植込みを希望したことは間違いありません。

サンメディカル技術研究所に訪問した時のブログ記事はコチラ

この記事の著者

Satoru Ishii
この補助人工心臓体験記の運営者です。
僕は拡張型心筋症で2015年2月にエバハートを埋め込み、心臓移植待機者になりました。
僕もいつかはVADを卒業する日が訪れます。(訪れました)
僕が成し遂げたいことは後継者を作ることではなく「当事者が声を上げていいんだよ」という雰囲気作りです。
これから先も地道に発信していきます。

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