補助人工心臓体験記

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彼の想いに報いるため私がやること

彼の想いに報いるため私がやること

この記事は2016/1/25(VAD装着347日目)のリライト記事です

今日も自宅で仕事をしていました。
ブログを書く気分ではありませんが、これも自分へ与えられた使命だと思って綴ります。

本日、同じ病院のVAD仲間が亡くなられました。
彼のお母様から連絡をいただいた際、自分の中で何かが崩れていくものを感じ、こみ上げてくるものを抑えきることはできませんでした。
それでも何かをやっていないと正気を保てないと思い、18時まで仕事に没頭するふりをしていました。

これはブログというよりも特定の方へ宛てたメッセージです。

彼との出会い

私が補助人工心臓を装着し、一般病棟の特別室へ上がってきた頃の話です。
今でもその時の出来事を鮮明に覚えています。

一般病棟に上がってきて、少し落ち着いてきた私はひとり「どうしようかな…」と考え事ばかりしていました。
とある昼過ぎ、看護師が二人の男性を連れて病室に入ってきました。

すたすたと歩いて部屋に入ってくる彼の姿、とても若いです。
簡単な自己紹介をされ、そこで初めて自分以外で植込み型補助人工心臓を装着されている方の姿を見ました。

私は天から垂れてきた糸を見たかのように、沢山のことを聞きました。
病室にいる間、彼らは立ったまま話を続けています。
冗談を言って私を笑わそうとする彼ら、息切れすることなく部屋を後にする彼らの姿。

とくに若い彼は病人と思えないくらい明るく、元気がよかった。
そのひと時は、それまで私が想像していた今後のイメージをひっくり返しました。

早くロビーに出たい!

彼と再会することを一つの原動力として、トラブルや辛いリハビリもこなすことができました。 

彼との再会

彼らとの出会いの後、私は脳出血を起こしICUへ出たり入ったりを繰り返し、病室から出ることが許されない日々が続いていました。

看護師同伴のもとロビーに出ることが許された時、そこに若い彼の姿はありませんでした。
しばらくして、彼の状態を知ることとなりました

私は彼の状況に強いショックを受けました。
彼がいる病室は分かっています。しかし、私は彼と会う決心がつきませんでした。

そんな中、他のVAD仲間が彼の病室へ行くというので私も一緒になってついていきました。
言葉では言い表せないほどの辛い状況なはずなのに、そこには気丈に振舞う彼の姿がありました。

正直、「強いなぁ。自分なら悪態をついているだろうに」と思いました。
それから毎晩のように彼の病室へ足を運ぶようになりました。

陰ながら心配していました

彼と再会してから、色々なところから彼の状態が耳に入るようになりました。
退院してからは彼と接する機会も多くはありませんでしたが、とても心配していました。
そして「早く移植の順番が回ってくるように」と祈っていました。

彼から教えてもらったこと

言葉では言い表せないことを教えてもらった気がします。

新たに補助人工心臓を装着された方と接する意味を体現されていました。
私もその意味を汲み取り、新たに補助人工心臓を装着された方やそのご家族へ積極的に会いに行くようになりました。

今更このようなことを言っても仕方がありませんが、弟を亡くした時「日本で移植医療が定着していれば」と嘆きました。
そして彼の訃報が届いた時、同じような感情をいだきました。

もっと早く、その時が来ていれば。悔やみきれません。

彼の想いに報いるために私がやること

自分一人では何もできないかもしれません。
それでも「動く」と「動かない」では全く違う。
「1」と「0」の間にはとてつもない差がある。

彼からそれを教えられた気がします。

結果的に「0」かもしれないが、少しでも移植医療を「普通の治療」として広まるように行動しよう。
それが私なりの弔いです。

残念ながら葬儀には出席でませんが、気持ちは側にいます。
最後に彼のお顔を拝見したかったのですが、それは天国で再会したときの楽しみにとっておきます。

またね。

この記事の著者

Satoru Ishii
この補助人工心臓体験記の運営者です。
僕は拡張型心筋症で2015年2月にエバハートを埋め込み、心臓移植待機者になりました。
僕もいつかはVADを卒業する日が訪れます。(訪れました)
僕が成し遂げたいことは後継者を作ることではなく「当事者が声を上げていいんだよ」という雰囲気作りです。
これから先も地道に発信していきます。

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