この記事は2016年5月11日(VAD装着401日目)のリライト記事です
職場復帰して気付くこと
今週から職場復帰しましたが、色々とおかしな点に気付く日々が続いています。
とはいえ、何かに気付くたびにショックを受けているわけではありません。今のところは
何だこれ!
不思議だな~
と、気持ちを切りかえることが出来ています。
それでも厄介だと感じる点をピックアップしてみました。
空間認識力が落ちた?
退院して今日までに身体のあちらこちらをぶつけています。
その数も少なくなく、腕や足にいくつもの小さな痣ができています。
特別問題視しているわけではないのですが、体をぶつけると痛いし、何かあると大変なので少し気を使います。
文字が書けなくなった?
仕事を再開してペンを握る機会も増えてきましたが、奇妙な現象が続いています。
例えば「5月」とう文字です。
頭では理解しているようでパソコンのキーボードでは「5gatu」と入力して「5月」と漢字変換できています。
しかし、「5月」を手書きすると「5月」ではなく「56」と書いてしまう奇妙な現象が起きています。
頭の回路が少しおかしくなったのだろうか?
「5」の次の数字だから「6」を書きたくなるのか?
なんじゃコレ?
まっすぐな線を書けなくなった?
VAD装着以前から文字の汚さは自覚しています。
ただ、横書きした文章が異常なほどに上下に波打つようになった。
かなり意識して書かないとまっすぐにはならない。
また、「鳥」という文字も変になります。
横線が真っすぐに書けないようで、上下のどちらかにくっついてしまうことも…
何とかなるだろう
いずれも笑える範囲のことだから気持ちが凹んだりはしていません。
それは過去の脳出血の経験もあると思いますが、周囲の先輩VAD患者方の話を聞いて追体験していたこともあるのでしょう。
ただ、もしそのような環境にいなければ「どのような受け止めただろうか?」と思いました。
改めて先人の経験を積極的に聞いたほうがよいと感じました。
私を支えた強烈な追体験とは?
実は救急搬送された1カ月前にとあるドキュメンタリーが公開されました。
私は公開直後にそのドキュメンタリー「我が美しき壊れた脳」を見ており、それが強烈な追体験になって私自身を支えていたのかも知れませんね。
脳出血や脳梗塞に限った話ではありませんが、実際になってみないと分からないことは沢山あります。
それらを実際に経験することはできませんが、追体験することで自身の糧にすることは出来ることでしょう。
今回の救急搬送された出来事に限らず、早い段階で気付き、身体が制御できる間に次のアクションを行った。
それは先人の経験を聞いていたからこそ出来たことかも知れませんね。
「我が美しき壊れた脳」と私の実体験
今回の救急搬送された一連の出来事に共通する点がいくつもありました。
このドキュメンタリーに限らず、VAD装着者だけでなく家族も色々なことに積極的に目を向けて欲しいと思います。中には直視したくないような物もあるでしょう。しかし、そこから大きいものを得て活かすこともできるかも知れません。
私はこう思います。
人生で実際に体験できることは限りがある。
しかし、それを補うことは無限大である。
このドキュメンタリーはNETFLIXオリジナルのため、dTVやアマゾンプライム、Huluなどでは見ることができません。視聴したい方はNETFLIXをご利用ください。
コメントはこちら